コロンビアの出国は簡単に済んだ。
次にエクアドル側で人間の入国を済ませると、
「パスポート見せて」といって軍服を着た役人から呼び止められた。別の部屋に入り、台帳にパスポート番号などを書き込まれた。
「5000ペソ(5ドル)払ってください」といわれた。
ん？ここはもうエクアドルなので通貨はペソからスークレに変わったはずだ。
｢5000スークレ(2ドル)ですね｣というと
｢そうだ｣とすんなり返ってきた。これは怪しい。
｢じゃあ領収書ください｣というと役人の顔つきが一瞬ひるんだ。
｢領収書は、ないんだ｣
「どこの国でもお金を払えば領収書をくれますよ」
「じゃ、じゃあ日本のお金は持ってないか。コインでもいいぞ」
といって男は引き出しから日本の10円玉を取り出して見せた。他の日本人が彼に捕まったたのだろうか。
しかし5ドル(500円)というところを10円で済ますとはたいした日本人だ。
「領収書がなければ払いません」とキッパリいうと
「もう行っていい」と男は諦めた。危うくボラれるところだった。
バイクの入国は陽気な係員がカルネにポンポンとスタンプを押してくれてあっさりと済んだ。
「日本語で別れるときはなんていうんだ？」
「サヨナラです」
「そうか、サヨナラか。サヨナラ、サヨナラ」。もうサヨナラしてもいいらしい。
エクアドルに入ったぞ！

周りは雄大なアンデスの山々が連なっている。大自然の美しさを感じるのはカナダ以来だ。エクアドルもたくさんのインディヘナを見かける。グアテマラは美しい刺繍のウィピルだがこちらはやはり美しい刺繍の、ポンチョだ。ポンチョもやはり村々で特徴があるらしい。
みんな髪を三つ編みにしていて頭には山高帽を被っていて、いかにも南米という格好をしている。
エクアドルの首都キトに宿をとり赤道記念碑へ行く。エクアドルという国名はそのまま赤道を意味するスペイン語だ。英語でもECUATOR(赤道)と書く。そこには高さ40ｍくらいの塔が建っていてその上には大きな地球儀が載っていた。足元の地面には赤い線が引いてあった。

その線を両足でまたいで今までの道のりを思い出す。右足の北半球側には今まで半年間走って来た国々があり、その先は北極海がある。やっと地球半分か！左足の南半球には未だ見果てぬ山々が続いている。
あと半分か！地球って大きいんだと実感する。

旧市街を見下ろす丘へ歩いて登ってみる。キトは標高が高く空気が薄いので急な階段をゆっくり、ゆっくり登っていく。ある建物があり、それにたくさんの人が行列をなしていた。それはどう見ても刑務所だった。今年の最後に面会にきたのだろうか。
頂上には身長50mのマリア様が大きなゾウガメの上に乗っていた。さすがガラパゴス諸島があるエクアドルらしい。頂上から見るキト市はやたら大きかった。遠くの新市街にはでかいビルがボンボンと建ち、旧市街は茶色の瓦屋根が多い。そして1ブロックおきに教会があった。(ここの町は世界遺産に登録されている)

朝の旧市街を散歩すると教会があったので覗いてみると朝の祈りをやっていた。しばらく見ていたら突然前にいたオバちゃんが「平和あれ」といって握手してきた。こんなに素直に言えるものだろうか。考えたこともなかった自分はどぎまぎしてしまった。

今日は12月31日で大晦日だ。新年を祝うために町中に服にわらを詰め込んだ人形が飾ってあった。大きな広場では大統領や有名人などに似せた人形がありたくさんの人でごった返していた。日本の年末の羽子板みたいなものか。子供たちは仮面を被り、大人からお菓子などをもらっていた。

旧市街は人は歩いているが祭り会場もなく結構さびしい。
夜12時に近づくと昼間飾ってあったわら人形が次々を燃やされ始めた。薄暗い旧市街の通りが少しの間だけ明るくなる。ラジカセの音楽に合わせて踊っていた人たちは音楽をラジオに切り換えた。
｢さあ、今年もあと残すところ2分53秒になりました。あと2分50秒。あと・・・｣
ラジオでは秒読みを始めていた。
「あと5秒、4秒、3、２、１、ゼロ！あけましておめでとう！」
ラジオから鐘の音が鳴り響く。どこかで花火が上がった。
1996年がやってきた。日本を出発してはや半年が過ぎてしまった。しかしまだまだ先は長い。
ふとまわりを見るとみんな抱き合ってじっとしていた。はしゃぐ人は1人もいない。みんな知人、友人と新年を一緒にいられることをしみじみと噛みしめていた。静かな抱擁だった。
それを見て何か自分も胸が熱くなってきた。と同時に自分には抱き合う隣人がいないことにすごく孤独を感じた。
やがて町中が人形を燃やす煙に包まれた。静かな新年だった。